下雨的日。

台湾の雨に打たれながらアイドル考察と中国語留学。

Always私の推しスネイプ先生

After all this time?

--Always. 

秋も深まり読書の季節ですね?私はKindleに登録してハリーポッターライフを楽しんでいます。もはやハリーポッター読むためだけにKindleに登録したと言っても過言ではありません。私の幼少時代を共にした永遠の名作、ハリーポッターシリーズの中の、私の永遠の推し、セブルス・スネイプ先生をご紹介いたします。

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ハリーポッター読んだことない人にとっては少しわかりにくい記事になる…かもしれないのですがご心配なさらず。この記事を読み終わる頃にあなたはスネイプ先生の虜になってハリーポッターを借りに図書館に走るか文庫本バージョンを買いにブックオフに走っていることでしょう!

 

私は自他共に認めるハリポタオタクとして人生の半分を過ごしてきました。本も全巻持ってるんですが、スネイプ先生の正体が明かされる7巻の発売を待たずに私はスネイプ先生の大ファンでした。

賢者の石でハリーが初めてスネイプ先生と目を合わせた瞬間に額の傷が痛んでから、スネイプ先生ってもしかしてヴォルデモートの方の人…?とか思ってたんですが、映画版アズカバンの囚人で狼に変身したルーピン先生からハリー、ロン、ハーマイオニーを身を呈して守ったあの瞬間から私はやっぱこの人はダンブルドア側の人なんじゃん…!と確信。散々ハリーのこといたぶって楽しんでたくせにいざという時魔法の杖を使わずに体張って守ってくれるなんてツンデレか…!(違います)

 

 

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アズカバンの囚人を見て、グレーゾーンだったスネイプ先生は実はハリー側だと多くの人が確信したはず。実はこのシーンはスネイプ先生役のアラン・リックマンがアドリブで入れたシーンなんだとか…アラン・リックマンといえば賢者の石を撮ってる時から作者のJ.K.ローリングに「スネイプ先生は実はいい奴だから、そのつもりで演じてくれ」(絶対こんな言い方してないだろうけど)って言われて世界でたった一人ハリーポッターシリーズの最重要ポイントを知る俳優として撮影に参加した人。そのせいか監督とスネイプ先生の演技について「そんなことスネイプはしない」みたいな意見の対立があったみたいです。

原作にこうして3人を守るシーンがなかったとしても、スネイプ先生のこの咄嗟の行動を表現するワンシーンがこうしてひとつはさまるだけで、死の秘宝までの伏線をはり、ダンブルドアを殺したスネイプ先生は実はまだヴォルデモートに忠誠を誓ってるのでは…?いやでもアズガバンで3人のこと守ってくれたし…一体どっち側の人なの!?とやきもきさせ楽しませてくれました。アラン・リックマン天才すぎる…何も知らなかった監督はあとあと物語の結末知って「あの時の演技はここに繋がってたのか!!」ってならなかったんですかね。私アラン・リックマンが好きなのかスネイプ先生が好きなのか正直わからないんですけど、どっちも同じくらい好きです。亡くなってしまったことがいまだに信じられません。世界は最も尊い俳優のうち一人を永遠に失ってしまいました。

 

最近Kindleで『徹底分析!ハリー・ポッター』を読んでいままで気がつかなかった物語のディテールを知ってもう好きが止まらない状態なんですが(自分はコアなハリポタファンです!という人はぜひ読んでみてください!呪文の由来とか1〜7巻それぞれどんなテーマで描かれているのか詳細に分析してあります)、しかしスネイプ先生についての言及が(思ったより)少なくて切ない次第です。この物語の第二の主人公はスネイプ先生なのに…ということで勝手にスネイプ先生を奥深く語りたいと思います。

 

スネイプ先生の38年の生涯を振り返ってみる

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スネイプ先生はスピナーズエンドという荒れ果てた袋小路でマグルの父トビアス・スネイプと純血の魔女のアイリーン・プリンスのもとにお生まれになります。スネイプという姓はマグルの姓なんですね(あのスネイプ先生がマグルの父親の姓を名乗っているところにも本人は意図せずだろうけどなんかいい、よくわからないけどいい)。のちのちマグルの姓を嫌ってか、母の姓をとって自らを「半純血のプリンス」と自称したりもします。

名前といえば、Severus Snapeは「エバンズの騎士」のアナグラムだそうです。ディテールが泣かせる。

両親仲は悪く、決して幸せとは言えない幼少期を送っていたスネイプ先生は、9歳10歳頃に近所に住んでいたリリー・エバンズに恋に落ち、マグル生まれのリリーに魔法界のことを教えてあげながら仲良くなります。

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二人とも11歳の頃ホグワーツに入学しますが、リリーはグリフィンドールに、スネイプ先生はスリザリンに組み分けされ、二人の仲はどんどん離れていくことに。しかもスネイプ先生はその頃から闇の魔術に傾倒していたため、同じスリザリン寮生の間でも除け者にされてしまいます。

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加えて、同学年のジェームズ・ポッター、シリウス・ブラックにこてんぱんにいじめられ、ふくろう試験が終わった後にジェームズに逆さ吊りにされた屈辱でリリーを「穢れた血」と罵ってしまったことが原因でリリーとは完全に絶交。リリーは7年生になってからジェームズと付き合い始めます。スネイプ先生はリリーの心を取り戻すためにどんどん闇の魔術に傾倒していき、ヴォルデモートの一味となるのです……

ですが、そんなスネイプ先生に転機が訪れます。トレローニーがダンブルドアに与えたハリーとヴォルデモートに関する予言を盗み聞きし、その内容の一部をヴォルデモートに伝えてしまったのです。ヴォルデモートがリリーとジェームズの間に生まれたハリーを狙っていると気づいてから、ダンブルドアに寝返ったスネイプ先生は不死鳥の騎士団と死喰い人の二重スパイになります。リリーを救えなかったことを悔やむあまり死にたいと訴えるスネイプ先生でしたが、リリーのためにも生きてハリーを守れとダンブルドアに諭され、ホグワーツの教職につくことになります。

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リリーを死に導いてしまったことへの死ぬほどの後悔から、スネイプ先生は二重スパイとしての危険な任務に身を置く決心をしたのでしょう。

 

11歳でホグワーツに入学してきたハリーがジェームズにそっくりだったためなにかとハリーに意地悪するスネイプ先生ですが、ヴォルデモート復活後からは二重スパイの役目を本格的に遂行。結果的にヴォルデモート失脚に繋がります。死の秘宝ではヴォルデモートの権力下でホグワーツの校長に就任しますが、校長室でダンブルドア肖像画から指示を受けながらホグワーツの生徒を守り抜きました。結局、スネイプ先生はヴォルデモートからニワトコの杖の所持者と勘違いされて殺されますが、その際ハリーに重要な記憶を手渡し、リリーそっくりなハリーの目に看取られながら亡くなります(泣いた)。

 

スネイプ先生死に際のセリフが原作と映画と違うんですが、どっちも味わい深いのです。

原作では「Look..at..me..」

映画版では「You have your mother's eyes」

原作のセリフではリリーと絶交してしまいリリーの心を取り戻すために死喰い人になった過去を考えると、どうしても振り向いてほしかったという切ないスネイプ先生の恋心が(書きながら泣きそうです)表れてると思えるし、映画版のセリフだと、魔法界に入った時から周りの大人に「ジェームズにそっくりだが、目だけが違う。リリーの目だ」と言われ続けて若干嫌気がさしていたハリーにとって、スネイプ先生の言う「母と同じ目をしている」って言葉は、言われ慣れてきたことであってもまったく違う重みを持って聞こえたはず。ハリーを大事にしてきた人々(シリウスダンブルドア)がたびたび重要なシーンで口にしてきた言葉でもあると考えると、スネイプ先生も同じようにハリーを大事に思っていたってことの表れなんじゃないかなと思ったり。しかもこれが「You have Lily's eyes」じゃないとこがいい。母と同じ目だ、と言うことでスネイプ先生の意識はリリーじゃなくて結局ハリーに集中してるってことですよね?

どちらにしろ、物語の随所にちりばめられた、「ハリーはジェームズそっくりだが目はリリーの目」っていうキーセンテンスがここに結びついているのです。ジェームズそっくりすぎてハリーを嫌っていたスネイプ先生が、原作にしろ映画にしろハリーの目に看取られながら亡くなった時のセリフがどちらも深い。(余談なのですが翻訳版で「Look..at..me..」が「僕を見て…」という訳になっているのは多様な一人称や役割語を持つ日本語ならではの名訳かと思いきや、スネイプ先生の普段の一人称を翻訳者が「我輩」としてしまったために、さすがにこのシーンで「我輩を見て」とは訳せず「僕を見て」になったのではないかという憶測もあるそうです。私は名訳だと思いましたが、確かに90年代の話で一人称が我輩って、スネイプ先生どこの時代からタイムスリップしちゃったんでしょうか。小さい頃から慣れ親しんだ小説の翻訳に実は誤訳が多かった、という経験は個人的には「いつも本が(特に翻訳本が)正しいわけではない」という教訓を与えてくれました。後学のために参考になりました)

 

スネイプ先生は寂しい幼少期というバックグラウンドがありましたが、闇の魔術に傾倒し、死喰い人としてヴォルデモートの配下として働いていました。半純血という自らの出自のコンプレックスを克服するために自分でニックネームをつけたという点ではヴォルデモートと共通するところがあります。ただし、愛することを知らず、死を何よりも恐ろしいものと考えるヴォルデモートとは異なり、スネイプ先生は愛することを知っており、愛するもののためには死をも厭わない人間だったから、最終的にヴォルデモートへの忠誠を捨て、「愛」という力の価値を認めるダンブルドアの側についたのでした。ハリポタのシリーズの大きなテーマは愛と死。死を恐れるあまり魂を引き裂いたヴォルデモート対、自己犠牲の愛によってハリーを守ったリリーや、リリー、ハリー母子のように愛のために命を捧げられる人たちという構造になっているのですが、スネイプ先生もまたヴォルデモートの持っていない「人を愛する力」を持った人でした。

 

J.K.ローリングによれば、スネイプ先生はどこまでもグレーな人。愛する人の息子を守り、魔法界の平和のために命を捧げたと言えば聞こえはいいのですが、たしかにハリーがホグワーツ在籍中は理不尽にグリフィンドールから減点したり、執拗にいじめたり、ジェームズそっくりの外見から先入観で「傲慢で目立ちたがりだ」と決めつけてかかります。遡れば、ヴォルデモートがポッター家を狙っていると気づいた時、ヴォルデモートに「ジェームズと息子はどうなってもいいからリリーだけは助けてくれ」と懇願したりもして、ダンブルドアからは「見下げ果てた奴じゃ」と軽蔑されたこともありました。幼少期に魔女であるリリーに近づいたことで魔法力を持たないペチュニアとの姉妹仲を引き裂く原因にもなりますし、ハリーがダーズリー家で冷遇されたのはそんなリリーとペチュニアの姉妹仲のせいだと考えるとハリーのかわいそうな幼少期もスネイプ先生の蒔いた種では…とも思えますよね。

スネイプ先生の最後の大どんでん返しだけを見て、スネイプ先生を聖人のように扱うことはできません。

かといって完全に真っ黒な人間でもないのがスネイプ先生。自分のことをいじめていた憎い男の息子でも、結局必要な時にはハリーを守ってくれるし、本来は味方である不死鳥の騎士団から裏切り者として追われながらも最後まで二重スパイとしてぎりぎりのところで孤独に戦っていたその勇気と頭脳…スネイプ先生は正体がわかってもなお考えさせられるところが多い人です。私はそんなグレーなスネイプ先生が好きですし、ハリポタのなかでもいちばん人間臭いキャラクターであるスネイプ先生には世界的に熱烈なファンがいます。

 

映画版のスネイプ先生を振り返る

原作のスネイプ先生よりアラン・リックマンのスネイプ先生の方がユーモアがあってもう少し柔らかめというか、実は性格いいんじゃないの?と感じさせるところが端々ににじみ出てるのですが、原作のスネイプ先生は途中までマジで嫌な奴です。セリフのニュアンスは翻訳の問題かと思われる点もありますが、実際やってることは弱いものいじめに違いありません。映画のスネイプ先生が原作通りだったら(アズカバンのスネイプオタ伝説のシーンでまだ気絶して宙吊りだったりしたら)私はここまで好きじゃなかった。絶対に。キャスティングが最高すぎたんですよ。スネイプ先生をやるにはアラン・リックマンはセクシーすぎたんですよ…スネイプ先生はこんなにセクシーじゃいけなかったんすよ…最高だけど…

 

ということで、ここからは私が映画版スネイプ先生の好きなところを列挙します。

 

①冷酷でいつも仏頂面なスネイプ先生から漂うかすかなユーモア

Funny Scene with Harry, Ron and Snape - YouTube

炎のゴブレットでのダンスパーティーでのパートナー探しで勉強どころでないハリー、ロンと自主学習(?)の監督をしているスネイプ先生の名シーン。ハリー、ロンと同じように無駄話してるのに引っかからない巧みなフレッド、後ろからスネイプ先生が迫っているのにまったく気づかないロン、警告しようとするハリー、女の子のハーマイオニーは叩かないスネイプ先生、でも特に喋ってなかったハリーはついでにひっぱたいちゃうスネイプ先生…各キャラの性格が際立つシーンです。双子の隣で様子を見ながらニヤニヤしてるネビルも細かいけど名演技でした。映画館でも爆発的にウケてたシーンだったと記憶してます。こんなアドリブっぽいシーンで観衆を笑わせてくれるスネイプ先生を演じたアランが最高です…

 

Harry Potter and the Half-Blood Prince - Lavender v.s. Hermione hospital scene (HD) - YouTube

スラグホーン先生に惚れ薬の解毒剤をもらいに行ったら毒に当たってしまったロンと、ハーマイオニー、ロンのガールフレンドのラベンダーのシーンです。問題のお酒を調べたあと、当然のようにスネイプ先生に瓶を渡すダンブルドア先生ナイス。魔法薬の教授としてのスネイプ先生を完璧に信頼しているダンブルドア先生。すぐに瓶の中身のにおいを嗅ぐスネイプ先生の機敏な動きもナイス…

ですがロンを巡って対立するハーマイオニーとラベンダーの攻防を後ろで「なぜ私はこんな場面を見せられなきゃならんのだ」と言わんばかりの無表情で、しかし目をそらさず瞬き一つせず見つめているスネイプ先生めっちゃ面白くないですか。ラブコメとは一切関わりなさそうなスネイプ先生が居合わせてしまったのも面白いし、見つめていたくせにハッと我に返って誰よりも先に医務室を去ろうとダンブルドアより先に立ってスタスタ歩いていっちゃうのも面白いし…

 

②呪文の唱え方と杖の扱い方が優雅

Harry Potter - Severus Snape's Magic - YouTube

ひたすらスネイプ先生の魔法が見られる至福の5分間です!!!呪文を唱えたあと杖を振るまでの微妙な間の取り方といい、杖の振り方といい、長いマントのせいなのかほんとに優雅で上品じゃないですか。一つ一つの呪文に関して語っているときりがないのですが、のちのちハリーの十八番になり、ヴォルデモートすらも退けた武装解除の呪文は決闘クラブでスネイプ先生が最初にお披露目。決闘のキホンのキから教えてくださるなんて教え方をわかってらっしゃる…さすが先生です。

ハリーに忍びの地図をポケットから出させて「What's this」って聞いといてハリーの答えに食い気味の「Really? Open it」の間の取り方もなんかさりげなく面白い。ここは魔法とは関係ないですが…

マグゴナガル先生との決闘シーンは言わずと知れた名シーンですが、マクゴナガル先生が杖を突きつけてきた時一瞬決闘をためらうスネイプ先生の表情に、二重スパイとしての孤独がすべて表れてて泣きました。心ここにあらずのままなのにマクゴナガル先生の呪いを跳ね返す杖の扱い方も素晴らしいし、逃げる前に後ろのカロー兄妹に呪いを当ててからさらに彼らの杖を拾ってから飛び去ったのはこれ以上生徒に危害が及ばないようにするため、反撃しなかったのは味方であるマクゴナガル先生を傷つけたくなかったからでした。

この動画に賢者の石でのハリーを守ろうとクィレルの呪いに反対呪文で対抗するスネイプ先生のシーンがないところが残念なのですが、ローリングによると本当に強い魔法使いは杖がなくても魔法が使えて箒がなくても空を飛べるとのこと。賢者の石でのスネイプ先生は呪文を唱えるだけでハリーを守っていたし、ホグワーツから逃げ去る時には空を飛んでいます。おそらくヴォルデモートに伝授された方法で。スネイプ先生がいかに強力な魔法使いであるかがわかりますよね。素敵…まだ30そこそこの設定なのに…

 

③静と動のコントラストで緊張感を与えるスネイプ先生

Harry Potter and Severus Snape frist meet - YouTube

はじめての魔法薬の授業。自分の授業に遅刻しそうになったんではありません。ドアをバーンと開けっぱなしにしたまま荒々しく教室に入ってきたあと、突然のスローダウンと落ち着いた声色の対比が緊張感を与えます。笑わせてばっかじゃないスネイプ先生(もともとそんなキャラじゃないですが)。

この時ハリーに問いかけた問題を花言葉で解釈すると「私はリリーの死を心から後悔している」となるそうです。スネイプ先生がハリーにかけた最初の言葉は、ハリーの母の死に対する後悔の吐露でした。花言葉を使うなんてスネイプ先生粋です!!!

Prisoner of Azkaban - Page 394, Severus Snape (HQ) - YouTube

満月で不在のルーピン先生の代わりに授業をもつことになったスネイプ先生。今度はちゃんとドアを閉めて入ってきますが、相変わらず荒々しいです。窓を全部閉めてプロジェクターを下ろしてから振り向くまでに全生徒の疑問と関心を集め、またねっとりゆっくりなペースに戻りますが、ノロノロページをめくっているロンの教科書に杖を振って394ページを開かせる時にまた激しさが爆発。途切れのない質問といつまた爆発するのかわからないテンポで授業されたら恐ろしいですよね。授業の展開がホラーなスネイプ先生でした。ちなみにスネイプ先生信者の間で伝説になってしまったPage 394、百の位と十の位にandを挟むのはイギリス式英語なんだとか。イギリス英語といえばスネイプ先生の(というかアラン・リックマンの)ねちねちした英語は子音がよく聞こえてイギリス英語っぽくて好きです。「歌うような」とは形容できないのでなんとなくお経みたいな抑揚だなと勝手に思ってるのですが、スネイプ先生役だけでなくアラン・リックマンは他の役でも同じような調子でした。

 

話がいろいろ脱線したのでついでにもうすこし脱線させてもらうと、ハリポタシリーズ7巻の最後の戦いの場面が魔法省でもヴォルデモートの秘密基地でもなく半人前の魔法使いや魔女がいる学校、ホグワーツだったことがとても印象深いというか、メッセージ性を感じます。7巻が出た当初は私はまだ中学生だだったので、ほかに魔法使いが呪いをとばして殺し合えるような空間がなかったから最終決戦の舞台がホグワーツになったんだと勝手に想像し、学校という場所に特に注目はしませんでした。

ハリーは最後のホークラックスホグワーツにあると確信して学校に戻りますが、そこにはハリーが五年生の時に発足させた「ダンブルドア軍団」の仲間たちがネビルの指示のもとで反スネイプ運動を展開していました。ハリーがホグワーツに戻ってきたことでヴォルデモートとの最終決戦が始まり、先生たちは未成年の生徒は避難させますが、17歳以上で戦いたい意思のある者は残ってよろしいと許可します。

半人前の魔法使いや魔女だけの学校が、恐ろしい権力に対抗する最後の砦となったのです。ここで思い出したいのは、ホグワーツの先生たちが「professor 」と呼ばれている点と、魔法界にはホグワーツ以上の高等教育機関はないという点。つまり11歳から17歳までの子供達が在籍するホグワーツは魔法界においての最高学府なのです。ホグワーツは教授陣の研究の場であり、初等教育から高度な専門教育までを幅広く施す場でもあり、マグルの世界の大学と同じ役割を担っていることに気づけます。将来の就職を左右するふくろう試験をセンター試験のようなものだと考えると、6年生以上は大学生のようなものなのかもしれません。

大学という場は、教育機関でもありながら横暴な政権や独裁に対して反旗を翻してきた歴史があります。ヴォルデモートの掲げる純血主義を民族至上主義の極右的な思想であるとすると、最後のホグワーツでの決戦は現実の世界での大学の役割を投影されたものなのかもしれません(ヴォルデモートのモデルはヒトラーでした)。たとえ半人前であっても、高度な専門知識と魔力を備えた教授たちの下で、生徒たちは自らの能力を発揮し、世の中のため、または自分たちの信条だったり志だったりのために戦うことができる、そういう場がホグワーツだったのです(ここで魔法省がいとも簡単にヴォルデモートの手中に落ちていったことを思い出す必要があります。最後まで学校と生徒を守り抜いたスネイプ先生の功もあってホグワーツは生き残りますがこういう時政府というものは成人した魔法使いがごっそりいるにもかかわらず本当に役に立たないものです)。

私は大学に入ってから初めてこれに気づきました。ハリポタのいいところは、何度読み直しても自分の成長段階に応じてどんどん新しい側面が見えてくるところです。

私は元々スネイプ先生ファンでしたが、最近改めてスネイプ先生の過去を読み直して中学生や高校生だった頃よりはるかに深く彼の人間性を考察できることに気づきました。出演時60歳代かそこらだったアラン・リックマンの渋さに突然crushしてしまったのももしかしたら自分の年齢が上がってきたせい…かも…いやたぶん小学生ですでにスネイプ先生役の人好きってなってたんで趣味の問題かもしれません。

 

レスリー・チャンにしてもアラン・リックマンにしても好きな俳優がすでに亡くなった人というのは辛いものです。その人の最新作を見ることができないんですから。ただその生き方から学べることは無数にある。アラン・リックマンは2016年に50年連れ添ったガールフレンドと結婚したと明かしています。二人だけでニューヨークで式を挙げた後、ブルックリン橋を渡って二人でランチしたんだとか…奥さんは元議員で18歳と19歳で知り合ったそう。アランと恋人の話は早く結婚しなきゃいけないとか結婚指輪にいくらかけるとか男は女を守んなきゃいけないとかそういう社会一般的に言われてるものを改めて問い直す機会をくれました。ハリー役のダニエル・ラドクリフとは(途中までは)敵役でしたがダニエルの舞台を見に行ったり俳優として目をかけていたみたいです(泣いた)。本当に素敵な人です。

 

さて話の帰着点がわからなくなってきたところですが感動の涙を拭ってお別れする時間です。もう1万字書きかけてます。これ以上書いたら卒業論文になってしまうのでここらへんで彼の印象的な言葉と共におしまいにします。

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Every year...for seven weeks, I would wear black contact lenses, finding an old friend again and part of myself.

毎年…7週間の間、私は黒のコンタクトレンズをつけて、古い友人であり私自身の一部でもある彼を幾度も探していた。

When I'm 80 years old sitting on my rocking chair, I'll be reading Harry Potter

And my family will say to me 'After all this time?' 

And I will say. 'Always'

80歳の私はロッキングチェアに腰掛けてハリー・ポッターを読んでいる。家族が私にこう尋ねるだろう。「これほどの時が経っても?」そうしたら私はこう答えるんだ。「永遠に」