下雨的日。

台湾の雨に打たれながらアイドル考察と中国語留学。

Always私の推しスネイプ先生

After all this time?

--Always. 

秋も深まり読書の季節ですね?私はKindleに登録してハリーポッターライフを楽しんでいます。もはやハリーポッター読むためだけにKindleに登録したと言っても過言ではありません。私の幼少時代を共にした永遠の名作、ハリーポッターシリーズの中の、私の永遠の推し、セブルス・スネイプ先生をご紹介いたします。

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ハリーポッター読んだことない人にとっては少しわかりにくい記事になる…かもしれないのですがご心配なさらず。この記事を読み終わる頃にあなたはスネイプ先生の虜になってハリーポッターを借りに図書館に走るか文庫本バージョンを買いにブックオフに走っていることでしょう!

 

私は自他共に認めるハリポタオタクとして人生の半分を過ごしてきました。本も全巻持ってるんですが、スネイプ先生の正体が明かされる7巻の発売を待たずに私はスネイプ先生の大ファンでした。

賢者の石でハリーが初めてスネイプ先生と目を合わせた瞬間に額の傷が痛んでから、スネイプ先生ってもしかしてヴォルデモートの方の人…?とか思ってたんですが、映画版アズカバンの囚人で狼に変身したルーピン先生からハリー、ロン、ハーマイオニーを身を呈して守ったあの瞬間から私はやっぱこの人はダンブルドア側の人なんじゃん…!と確信。散々ハリーのこといたぶって楽しんでたくせにいざという時魔法の杖を使わずに体張って守ってくれるなんてツンデレか…!(違います)

 

 

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アズカバンの囚人を見て、グレーゾーンだったスネイプ先生は実はハリー側だと多くの人が確信したはず。実はこのシーンはスネイプ先生役のアラン・リックマンがアドリブで入れたシーンなんだとか…アラン・リックマンといえば賢者の石を撮ってる時から作者のJ.K.ローリングに「スネイプ先生は実はいい奴だから、そのつもりで演じてくれ」(絶対こんな言い方してないだろうけど)って言われて世界でたった一人ハリーポッターシリーズの最重要ポイントを知る俳優として撮影に参加した人。そのせいか監督とスネイプ先生の演技について「そんなことスネイプはしない」みたいな意見の対立があったみたいです。

原作にこうして3人を守るシーンがなかったとしても、スネイプ先生のこの咄嗟の行動を表現するワンシーンがこうしてひとつはさまるだけで、死の秘宝までの伏線をはり、ダンブルドアを殺したスネイプ先生は実はまだヴォルデモートに忠誠を誓ってるのでは…?いやでもアズガバンで3人のこと守ってくれたし…一体どっち側の人なの!?とやきもきさせ楽しませてくれました。アラン・リックマン天才すぎる…何も知らなかった監督はあとあと物語の結末知って「あの時の演技はここに繋がってたのか!!」ってならなかったんですかね。私アラン・リックマンが好きなのかスネイプ先生が好きなのか正直わからないんですけど、どっちも同じくらい好きです。亡くなってしまったことがいまだに信じられません。世界は最も尊い俳優のうち一人を永遠に失ってしまいました。

 

最近Kindleで『徹底分析!ハリー・ポッター』を読んでいままで気がつかなかった物語のディテールを知ってもう好きが止まらない状態なんですが(自分はコアなハリポタファンです!という人はぜひ読んでみてください!呪文の由来とか1〜7巻それぞれどんなテーマで描かれているのか詳細に分析してあります)、しかしスネイプ先生についての言及が(思ったより)少なくて切ない次第です。この物語の第二の主人公はスネイプ先生なのに…ということで勝手にスネイプ先生を奥深く語りたいと思います。

 

スネイプ先生の38年の生涯を振り返ってみる

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スネイプ先生はスピナーズエンドという荒れ果てた袋小路でマグルの父トビアス・スネイプと純血の魔女のアイリーン・プリンスのもとにお生まれになります。スネイプという姓はマグルの姓なんですね(あのスネイプ先生がマグルの父親の姓を名乗っているところにも本人は意図せずだろうけどなんかいい、よくわからないけどいい)。のちのちマグルの姓を嫌ってか、母の姓をとって自らを「半純血のプリンス」と自称したりもします。

名前といえば、Severus Snapeは「エバンズの騎士」のアナグラムだそうです。ディテールが泣かせる。

両親仲は悪く、決して幸せとは言えない幼少期を送っていたスネイプ先生は、9歳10歳頃に近所に住んでいたリリー・エバンズに恋に落ち、マグル生まれのリリーに魔法界のことを教えてあげながら仲良くなります。

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二人とも11歳の頃ホグワーツに入学しますが、リリーはグリフィンドールに、スネイプ先生はスリザリンに組み分けされ、二人の仲はどんどん離れていくことに。しかもスネイプ先生はその頃から闇の魔術に傾倒していたため、同じスリザリン寮生の間でも除け者にされてしまいます。

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加えて、同学年のジェームズ・ポッター、シリウス・ブラックにこてんぱんにいじめられ、ふくろう試験が終わった後にジェームズに逆さ吊りにされた屈辱でリリーを「穢れた血」と罵ってしまったことが原因でリリーとは完全に絶交。リリーは7年生になってからジェームズと付き合い始めます。スネイプ先生はリリーの心を取り戻すためにどんどん闇の魔術に傾倒していき、ヴォルデモートの一味となるのです……

ですが、そんなスネイプ先生に転機が訪れます。トレローニーがダンブルドアに与えたハリーとヴォルデモートに関する予言を盗み聞きし、その内容の一部をヴォルデモートに伝えてしまったのです。ヴォルデモートがリリーとジェームズの間に生まれたハリーを狙っていると気づいてから、ダンブルドアに寝返ったスネイプ先生は不死鳥の騎士団と死喰い人の二重スパイになります。リリーを救えなかったことを悔やむあまり死にたいと訴えるスネイプ先生でしたが、リリーのためにも生きてハリーを守れとダンブルドアに諭され、ホグワーツの教職につくことになります。

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リリーを死に導いてしまったことへの死ぬほどの後悔から、スネイプ先生は二重スパイとしての危険な任務に身を置く決心をしたのでしょう。

 

11歳でホグワーツに入学してきたハリーがジェームズにそっくりだったためなにかとハリーに意地悪するスネイプ先生ですが、ヴォルデモート復活後からは二重スパイの役目を本格的に遂行。結果的にヴォルデモート失脚に繋がります。死の秘宝ではヴォルデモートの権力下でホグワーツの校長に就任しますが、校長室でダンブルドア肖像画から指示を受けながらホグワーツの生徒を守り抜きました。結局、スネイプ先生はヴォルデモートからニワトコの杖の所持者と勘違いされて殺されますが、その際ハリーに重要な記憶を手渡し、リリーそっくりなハリーの目に看取られながら亡くなります(泣いた)。

 

スネイプ先生死に際のセリフが原作と映画と違うんですが、どっちも味わい深いのです。

原作では「Look..at..me..」

映画版では「You have your mother's eyes」

原作のセリフではリリーと絶交してしまいリリーの心を取り戻すために死喰い人になった過去を考えると、どうしても振り向いてほしかったという切ないスネイプ先生の恋心が(書きながら泣きそうです)表れてると思えるし、映画版のセリフだと、魔法界に入った時から周りの大人に「ジェームズにそっくりだが、目だけが違う。リリーの目だ」と言われ続けて若干嫌気がさしていたハリーにとって、スネイプ先生の言う「母と同じ目をしている」って言葉は、言われ慣れてきたことであってもまったく違う重みを持って聞こえたはず。ハリーを大事にしてきた人々(シリウスダンブルドア)がたびたび重要なシーンで口にしてきた言葉でもあると考えると、スネイプ先生も同じようにハリーを大事に思っていたってことの表れなんじゃないかなと思ったり。しかもこれが「You have Lily's eyes」じゃないとこがいい。母と同じ目だ、と言うことでスネイプ先生の意識はリリーじゃなくて結局ハリーに集中してるってことですよね?

どちらにしろ、物語の随所にちりばめられた、「ハリーはジェームズそっくりだが目はリリーの目」っていうキーセンテンスがここに結びついているのです。ジェームズそっくりすぎてハリーを嫌っていたスネイプ先生が、原作にしろ映画にしろハリーの目に看取られながら亡くなった時のセリフがどちらも深い。(余談なのですが翻訳版で「Look..at..me..」が「僕を見て…」という訳になっているのは多様な一人称や役割語を持つ日本語ならではの名訳かと思いきや、スネイプ先生の普段の一人称を翻訳者が「我輩」としてしまったために、さすがにこのシーンで「我輩を見て」とは訳せず「僕を見て」になったのではないかという憶測もあるそうです。私は名訳だと思いましたが、確かに90年代の話で一人称が我輩って、スネイプ先生どこの時代からタイムスリップしちゃったんでしょうか。小さい頃から慣れ親しんだ小説の翻訳に実は誤訳が多かった、という経験は個人的には「いつも本が(特に翻訳本が)正しいわけではない」という教訓を与えてくれました。後学のために参考になりました)

 

スネイプ先生は寂しい幼少期というバックグラウンドがありましたが、闇の魔術に傾倒し、死喰い人としてヴォルデモートの配下として働いていました。半純血という自らの出自のコンプレックスを克服するために自分でニックネームをつけたという点ではヴォルデモートと共通するところがあります。ただし、愛することを知らず、死を何よりも恐ろしいものと考えるヴォルデモートとは異なり、スネイプ先生は愛することを知っており、愛するもののためには死をも厭わない人間だったから、最終的にヴォルデモートへの忠誠を捨て、「愛」という力の価値を認めるダンブルドアの側についたのでした。ハリポタのシリーズの大きなテーマは愛と死。死を恐れるあまり魂を引き裂いたヴォルデモート対、自己犠牲の愛によってハリーを守ったリリーや、リリー、ハリー母子のように愛のために命を捧げられる人たちという構造になっているのですが、スネイプ先生もまたヴォルデモートの持っていない「人を愛する力」を持った人でした。

 

J.K.ローリングによれば、スネイプ先生はどこまでもグレーな人。愛する人の息子を守り、魔法界の平和のために命を捧げたと言えば聞こえはいいのですが、たしかにハリーがホグワーツ在籍中は理不尽にグリフィンドールから減点したり、執拗にいじめたり、ジェームズそっくりの外見から先入観で「傲慢で目立ちたがりだ」と決めつけてかかります。遡れば、ヴォルデモートがポッター家を狙っていると気づいた時、ヴォルデモートに「ジェームズと息子はどうなってもいいからリリーだけは助けてくれ」と懇願したりもして、ダンブルドアからは「見下げ果てた奴じゃ」と軽蔑されたこともありました。幼少期に魔女であるリリーに近づいたことで魔法力を持たないペチュニアとの姉妹仲を引き裂く原因にもなりますし、ハリーがダーズリー家で冷遇されたのはそんなリリーとペチュニアの姉妹仲のせいだと考えるとハリーのかわいそうな幼少期もスネイプ先生の蒔いた種では…とも思えますよね。

スネイプ先生の最後の大どんでん返しだけを見て、スネイプ先生を聖人のように扱うことはできません。

かといって完全に真っ黒な人間でもないのがスネイプ先生。自分のことをいじめていた憎い男の息子でも、結局必要な時にはハリーを守ってくれるし、本来は味方である不死鳥の騎士団から裏切り者として追われながらも最後まで二重スパイとしてぎりぎりのところで孤独に戦っていたその勇気と頭脳…スネイプ先生は正体がわかってもなお考えさせられるところが多い人です。私はそんなグレーなスネイプ先生が好きですし、ハリポタのなかでもいちばん人間臭いキャラクターであるスネイプ先生には世界的に熱烈なファンがいます。

 

映画版のスネイプ先生を振り返る

原作のスネイプ先生よりアラン・リックマンのスネイプ先生の方がユーモアがあってもう少し柔らかめというか、実は性格いいんじゃないの?と感じさせるところが端々ににじみ出てるのですが、原作のスネイプ先生は途中までマジで嫌な奴です。セリフのニュアンスは翻訳の問題かと思われる点もありますが、実際やってることは弱いものいじめに違いありません。映画のスネイプ先生が原作通りだったら(アズカバンのスネイプオタ伝説のシーンでまだ気絶して宙吊りだったりしたら)私はここまで好きじゃなかった。絶対に。キャスティングが最高すぎたんですよ。スネイプ先生をやるにはアラン・リックマンはセクシーすぎたんですよ…スネイプ先生はこんなにセクシーじゃいけなかったんすよ…最高だけど…

 

ということで、ここからは私が映画版スネイプ先生の好きなところを列挙します。

 

①冷酷でいつも仏頂面なスネイプ先生から漂うかすかなユーモア

Funny Scene with Harry, Ron and Snape - YouTube

炎のゴブレットでのダンスパーティーでのパートナー探しで勉強どころでないハリー、ロンと自主学習(?)の監督をしているスネイプ先生の名シーン。ハリー、ロンと同じように無駄話してるのに引っかからない巧みなフレッド、後ろからスネイプ先生が迫っているのにまったく気づかないロン、警告しようとするハリー、女の子のハーマイオニーは叩かないスネイプ先生、でも特に喋ってなかったハリーはついでにひっぱたいちゃうスネイプ先生…各キャラの性格が際立つシーンです。双子の隣で様子を見ながらニヤニヤしてるネビルも細かいけど名演技でした。映画館でも爆発的にウケてたシーンだったと記憶してます。こんなアドリブっぽいシーンで観衆を笑わせてくれるスネイプ先生を演じたアランが最高です…

 

Harry Potter and the Half-Blood Prince - Lavender v.s. Hermione hospital scene (HD) - YouTube

スラグホーン先生に惚れ薬の解毒剤をもらいに行ったら毒に当たってしまったロンと、ハーマイオニー、ロンのガールフレンドのラベンダーのシーンです。問題のお酒を調べたあと、当然のようにスネイプ先生に瓶を渡すダンブルドア先生ナイス。魔法薬の教授としてのスネイプ先生を完璧に信頼しているダンブルドア先生。すぐに瓶の中身のにおいを嗅ぐスネイプ先生の機敏な動きもナイス…

ですがロンを巡って対立するハーマイオニーとラベンダーの攻防を後ろで「なぜ私はこんな場面を見せられなきゃならんのだ」と言わんばかりの無表情で、しかし目をそらさず瞬き一つせず見つめているスネイプ先生めっちゃ面白くないですか。ラブコメとは一切関わりなさそうなスネイプ先生が居合わせてしまったのも面白いし、見つめていたくせにハッと我に返って誰よりも先に医務室を去ろうとダンブルドアより先に立ってスタスタ歩いていっちゃうのも面白いし…

 

②呪文の唱え方と杖の扱い方が優雅

Harry Potter - Severus Snape's Magic - YouTube

ひたすらスネイプ先生の魔法が見られる至福の5分間です!!!呪文を唱えたあと杖を振るまでの微妙な間の取り方といい、杖の振り方といい、長いマントのせいなのかほんとに優雅で上品じゃないですか。一つ一つの呪文に関して語っているときりがないのですが、のちのちハリーの十八番になり、ヴォルデモートすらも退けた武装解除の呪文は決闘クラブでスネイプ先生が最初にお披露目。決闘のキホンのキから教えてくださるなんて教え方をわかってらっしゃる…さすが先生です。

ハリーに忍びの地図をポケットから出させて「What's this」って聞いといてハリーの答えに食い気味の「Really? Open it」の間の取り方もなんかさりげなく面白い。ここは魔法とは関係ないですが…

マグゴナガル先生との決闘シーンは言わずと知れた名シーンですが、マクゴナガル先生が杖を突きつけてきた時一瞬決闘をためらうスネイプ先生の表情に、二重スパイとしての孤独がすべて表れてて泣きました。心ここにあらずのままなのにマクゴナガル先生の呪いを跳ね返す杖の扱い方も素晴らしいし、逃げる前に後ろのカロー兄妹に呪いを当ててからさらに彼らの杖を拾ってから飛び去ったのはこれ以上生徒に危害が及ばないようにするため、反撃しなかったのは味方であるマクゴナガル先生を傷つけたくなかったからでした。

この動画に賢者の石でのハリーを守ろうとクィレルの呪いに反対呪文で対抗するスネイプ先生のシーンがないところが残念なのですが、ローリングによると本当に強い魔法使いは杖がなくても魔法が使えて箒がなくても空を飛べるとのこと。賢者の石でのスネイプ先生は呪文を唱えるだけでハリーを守っていたし、ホグワーツから逃げ去る時には空を飛んでいます。おそらくヴォルデモートに伝授された方法で。スネイプ先生がいかに強力な魔法使いであるかがわかりますよね。素敵…まだ30そこそこの設定なのに…

 

③静と動のコントラストで緊張感を与えるスネイプ先生

Harry Potter and Severus Snape frist meet - YouTube

はじめての魔法薬の授業。自分の授業に遅刻しそうになったんではありません。ドアをバーンと開けっぱなしにしたまま荒々しく教室に入ってきたあと、突然のスローダウンと落ち着いた声色の対比が緊張感を与えます。笑わせてばっかじゃないスネイプ先生(もともとそんなキャラじゃないですが)。

この時ハリーに問いかけた問題を花言葉で解釈すると「私はリリーの死を心から後悔している」となるそうです。スネイプ先生がハリーにかけた最初の言葉は、ハリーの母の死に対する後悔の吐露でした。花言葉を使うなんてスネイプ先生粋です!!!

Prisoner of Azkaban - Page 394, Severus Snape (HQ) - YouTube

満月で不在のルーピン先生の代わりに授業をもつことになったスネイプ先生。今度はちゃんとドアを閉めて入ってきますが、相変わらず荒々しいです。窓を全部閉めてプロジェクターを下ろしてから振り向くまでに全生徒の疑問と関心を集め、またねっとりゆっくりなペースに戻りますが、ノロノロページをめくっているロンの教科書に杖を振って394ページを開かせる時にまた激しさが爆発。途切れのない質問といつまた爆発するのかわからないテンポで授業されたら恐ろしいですよね。授業の展開がホラーなスネイプ先生でした。ちなみにスネイプ先生信者の間で伝説になってしまったPage 394、百の位と十の位にandを挟むのはイギリス式英語なんだとか。イギリス英語といえばスネイプ先生の(というかアラン・リックマンの)ねちねちした英語は子音がよく聞こえてイギリス英語っぽくて好きです。「歌うような」とは形容できないのでなんとなくお経みたいな抑揚だなと勝手に思ってるのですが、スネイプ先生役だけでなくアラン・リックマンは他の役でも同じような調子でした。

 

話がいろいろ脱線したのでついでにもうすこし脱線させてもらうと、ハリポタシリーズ7巻の最後の戦いの場面が魔法省でもヴォルデモートの秘密基地でもなく半人前の魔法使いや魔女がいる学校、ホグワーツだったことがとても印象深いというか、メッセージ性を感じます。7巻が出た当初は私はまだ中学生だだったので、ほかに魔法使いが呪いをとばして殺し合えるような空間がなかったから最終決戦の舞台がホグワーツになったんだと勝手に想像し、学校という場所に特に注目はしませんでした。

ハリーは最後のホークラックスホグワーツにあると確信して学校に戻りますが、そこにはハリーが五年生の時に発足させた「ダンブルドア軍団」の仲間たちがネビルの指示のもとで反スネイプ運動を展開していました。ハリーがホグワーツに戻ってきたことでヴォルデモートとの最終決戦が始まり、先生たちは未成年の生徒は避難させますが、17歳以上で戦いたい意思のある者は残ってよろしいと許可します。

半人前の魔法使いや魔女だけの学校が、恐ろしい権力に対抗する最後の砦となったのです。ここで思い出したいのは、ホグワーツの先生たちが「professor 」と呼ばれている点と、魔法界にはホグワーツ以上の高等教育機関はないという点。つまり11歳から17歳までの子供達が在籍するホグワーツは魔法界においての最高学府なのです。ホグワーツは教授陣の研究の場であり、初等教育から高度な専門教育までを幅広く施す場でもあり、マグルの世界の大学と同じ役割を担っていることに気づけます。将来の就職を左右するふくろう試験をセンター試験のようなものだと考えると、6年生以上は大学生のようなものなのかもしれません。

大学という場は、教育機関でもありながら横暴な政権や独裁に対して反旗を翻してきた歴史があります。ヴォルデモートの掲げる純血主義を民族至上主義の極右的な思想であるとすると、最後のホグワーツでの決戦は現実の世界での大学の役割を投影されたものなのかもしれません(ヴォルデモートのモデルはヒトラーでした)。たとえ半人前であっても、高度な専門知識と魔力を備えた教授たちの下で、生徒たちは自らの能力を発揮し、世の中のため、または自分たちの信条だったり志だったりのために戦うことができる、そういう場がホグワーツだったのです(ここで魔法省がいとも簡単にヴォルデモートの手中に落ちていったことを思い出す必要があります。最後まで学校と生徒を守り抜いたスネイプ先生の功もあってホグワーツは生き残りますがこういう時政府というものは成人した魔法使いがごっそりいるにもかかわらず本当に役に立たないものです)。

私は大学に入ってから初めてこれに気づきました。ハリポタのいいところは、何度読み直しても自分の成長段階に応じてどんどん新しい側面が見えてくるところです。

私は元々スネイプ先生ファンでしたが、最近改めてスネイプ先生の過去を読み直して中学生や高校生だった頃よりはるかに深く彼の人間性を考察できることに気づきました。出演時60歳代かそこらだったアラン・リックマンの渋さに突然crushしてしまったのももしかしたら自分の年齢が上がってきたせい…かも…いやたぶん小学生ですでにスネイプ先生役の人好きってなってたんで趣味の問題かもしれません。

 

レスリー・チャンにしてもアラン・リックマンにしても好きな俳優がすでに亡くなった人というのは辛いものです。その人の最新作を見ることができないんですから。ただその生き方から学べることは無数にある。アラン・リックマンは2016年に50年連れ添ったガールフレンドと結婚したと明かしています。二人だけでニューヨークで式を挙げた後、ブルックリン橋を渡って二人でランチしたんだとか…奥さんは元議員で18歳と19歳で知り合ったそう。アランと恋人の話は早く結婚しなきゃいけないとか結婚指輪にいくらかけるとか男は女を守んなきゃいけないとかそういう社会一般的に言われてるものを改めて問い直す機会をくれました。ハリー役のダニエル・ラドクリフとは(途中までは)敵役でしたがダニエルの舞台を見に行ったり俳優として目をかけていたみたいです(泣いた)。本当に素敵な人です。

 

さて話の帰着点がわからなくなってきたところですが感動の涙を拭ってお別れする時間です。もう1万字書きかけてます。これ以上書いたら卒業論文になってしまうのでここらへんで彼の印象的な言葉と共におしまいにします。

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Every year...for seven weeks, I would wear black contact lenses, finding an old friend again and part of myself.

毎年…7週間の間、私は黒のコンタクトレンズをつけて、古い友人であり私自身の一部でもある彼を幾度も探していた。

When I'm 80 years old sitting on my rocking chair, I'll be reading Harry Potter

And my family will say to me 'After all this time?' 

And I will say. 'Always'

80歳の私はロッキングチェアに腰掛けてハリー・ポッターを読んでいる。家族が私にこう尋ねるだろう。「これほどの時が経っても?」そうしたら私はこう答えるんだ。「永遠に」

MONSTA X 5th mini album <The Code> "DRAMARAMA" MV 分析

やっとカムバ!!待ってた!!おめでとう!!

ウォノさんが髄膜炎で急遽ショーケースに参加できなくて残念だし心配で仕方ないですがきっと誰よりステージに立てなかったのをくやんでいるのは本人なので、早く治して7人での姿を見せてほしいです…(髄膜炎て小さい頃なったことあるんですけど脳の髄膜にウィルスが入り込んでめちゃくちゃ頭痛くて吐き気もするし立つのは勿論座るのも辛くて個人的に人生で一番辛かった病気1位なのでまじで一刻も早く治ってほしい)

 

久しぶりのカムバックなのでお祝い!ということで初めてMVの分析してみます。今まで韓国のファンの方の分析ブログ読んだり分析動画を見たりしてどうやって映像を分析するのかという技を盗んでたので、今回見よう見まねで分析してみました。

 

(完全に素人による分析であくまで個人の意見です。)

 

 

今回のMVのストーリーにおけるポイントは大きく二つです。

1. 時間軸

2. メンバー同士のペアの関係性

ここらへんに注意しながら見ていくとかなりすっきり整理ができそうです。特に時間軸。テーマがタイムトラベルなので、どのメンバーがどの時間にいるのかが重要になってきます。

 

まずはMVのシーンの順序通りに見てどんなストーリーが隠されているのかを分析してみます。

 

 

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 ミニョクが働いているカフェ。奥に座っているのはベージュのスーツ姿のヒョンウォン。

 

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男性が読んでいる新聞の記事には

"TIME TRAVELER SKIPS TOWN!"

"タイムトラベラーが忽然と消えた!"

今回のテーマはタイムトラベル。

 

 

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ウォノがいるのは部屋。2047年。どうやら未来。流れてくるアナウンスは「Time warp is not allowed. Do not take any watches...」つまり「タイムワープは禁止されています。どのような時計も…」みたいな意味になると思うのですが、とにかくタイムワープは法的に禁止されている未来のよう。

 

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次はキヒョン。この姿勢、カメラ視点が後で出てくるので覚えておいてください。



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キヒョンとジュホンは仲のいい友人同士でしたが、ジュホンが事故に遭ってしまい、キヒョンはそのことについて今も思い悩んでいる様子。

 

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そして監視カメラのモニターを見ると、キヒョンがいるのは2017年11月7日5時14分(こだわりがすごい)。ミニョクのカフェにいた時と同じスーツ姿のヒョンウォンが入ってきます。

 

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 キヒョンがいるのは전당포(質屋)。ヒョンウォンは質屋にやってきた客を装い、

 

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キヒョンに時計を差し出します。時計は2017年になっています。この時計がタイムトラベルをするための道具になるのですが、時計に表示されている西暦が現在の西暦であるようです。キヒョンがいるのは2017年。ウォノの部屋で流れていたアナウンスはつまり、時計がタイムトラベルの道具になるということを示していたようです。

 

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ヒョンウォンはミニョクのカフェに時計を置いていく。(カフェの名前がTRAVELER)

 

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ウォノがいるのは2047年11月7日午後3時1分。(カムバックの日付と時間は誕生日になってる(笑))

 

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ウォノがタイムトラベルして消える。どこに向かったのか?

 

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剣道場のシーン。ショヌとウォノは一緒にいます。

 

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剣道場で時計を持っているウォノ。着ている服が違うのでおそらくウォノが部屋から消えてこの時間に現れたということではなく、おそらくウォノの過去の回想。

 

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ウォノはショヌのもとから去り、タイムワープして消えてしまう。2047年に向かったのでしょうか?

 

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ヒョンウォンのシーン。雨が降り傘をさしているヒョンウォンのシルエットのシーンが二種類あるんですが、この時は雨はゆっくり上から下へ落ちています。つまり、ウォノが剣道場で消えた時、時間は正常に現在から未来へ動いているということだと考えられます。

 

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しかし、キヒョンが時計をいじりはじめると

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雨は下から上に、逆再生されていきます。

 

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ミニョクはバス停から消え、キヒョンは質屋から消えます。二人は時間をさかのぼって過去へ向かったようです。

ミニョクがいたバス停ですが、よく見ると검도체육관(剣道体育館)とあります。これが意味しているのはウォノとショヌがいた剣道場とミニョクがいたバス停はかなり近いところにあるということ、そしてミニョクが消えた時間とウォノの回想シーンは同じ時間軸、2017年。

 

そして隣のバス停は시대터널(時代トンネル)。群舞シーンでは全員トンネルの中にいるので、このトンネルは時間の存在しない場所ととらえることもできそうです。

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キヒョンが現れたのは道路の上。そして時間はさかのぼって2015年(デビューの年とかけてる?)

 

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ミニョクもおそらく過去に戻りました。黒服が追いかけてくるところをIMに助けられます。おそらく黒服の男たちはミニョクの持っている時計を探しているようです。

 

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キヒョンが戻ったのはジュホンが事故に遭う直前。ジュホンが事故に遭ったことに気が付いたキヒョンが助けに走ってきます。

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キヒョンは再び時間を戻してジュホンを助けようとします。

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事故の直前に戻り、ジュホンの乗っている車を追いかけるキヒョン。

 

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黒服から逃げ続けるミニョクとIM。

ここでなぜかシャワー浴びてるウォノさんが映るんですが、ヒョンウォンの雨と同じような解釈でいいとすると上から下へ水が流れていたので時間が正常に未来に向かっているということを表しているっぽいです(単にシャワーシーンを撮りたかっただけなのではなく)。

 

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想像のつく事実だと思いますが時計を作ったのはヒョンウォン。そして時計が作られたのは2017年です。

 

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事故の直前に戻ってジュホンの車を追いかけているキヒョンのそばを通りすがるヒョンウォン。時計置いてった奴だ!!と語っているキヒョンの後姿。

 

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そしてミニョクとIMは幼い頃からの友人だったようです。

 

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キヒョンとジュホンは同じ車に乗っており、キヒョンを車からおろした後にジュホンだけが事故に遭ったようです。

 

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道路の上で向かい合うキヒョンとヒョンウォン。気になるのはヒョンウォンのスーツがキヒョンの質屋に現れた時と違うことと、唯一キヒョンの過去にだけヒョンウォンが現れていることです。

 

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ヒョンウォンが時計を動かすと事故に遭った車の時間がもどりはじめます。

 

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ウォノは黒服に捕まり時計を奪われる。ウォノがいる部屋は冒頭の部屋と同じ部屋。ウォノが着ている服はショヌの元を去った時のものと同じです。つまりウォノは未来にタイムワープしてすぐに時計を奪われていたということかもしれません。

 

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ミニョクとIMもまた黒服に追いつめられ、ミニョクはタイムワープして逃げようとします。

 

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一瞬だけ映ったのですがどうやらミニョクたちがいる時間は2014年。やはり過去にさかのぼっていたようです。

 

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IMの手をしっかりにぎって一緒にタイムワープしようとしますが、直前にIMが手を離してしまいます。

 

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バス停にはミニョクだけが戻ってきて、IMの姿はありません。(タイムワープするとちょっと気持ち悪いんでしょうかね)

 

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そして時計は壊れています。おそらくIMが残って撃たれてしまったことを意味しているような感じがします。

 

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f:id:pcynth:20171108162135p:plain時計を奪われて未来に取り残されたウォノと、一人剣道場に残るショヌ。(なんでショヌヒョンはこんなに剣道場が似合うのか)

 

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ヒョンウォンが戻した時間の中でキヒョンはジュホンの代わりに車に乗って事故に遭います。このシーンジュホンが事故に遭った時と同じように車が横転してペットボトルが飛んでいく。

 

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そしてジュホンはキヒョンがいた質屋にいます。ここはおそらく2017年。冒頭のキヒョンの質屋のシーンと全く同じ構図で撮られているので、二人はタイムワープを通して運命が入れ替わったようです。

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IMは過去に残り、

 

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ミニョクはまた日常に戻る。

 

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最後のヒョンウォンのシーンでは、雨は上から下へ。時間が正常に動き続けています。

 

 

以上がMVのシーンの順序通りにまとめたものです。だいたいのストーリーは読めてきました。さらにメンバー同士の関係性に着目して結論に近づいてみると、

 

キヒョンは事故に遭ってしまった友人ジュホンを助けるためにタイムワープをし、結果二人の生と死、運命が入れ替わってしまった。

ミニョクは過去に戻ってしまい時計を奪おうと追いかけてくる黒服から逃げる際に幼馴染のIMに救われる。二人で逃げ切ろうとタイムワープを試みるがIMは自らその場に残ることを選び、ミニョクは一人現在に戻ってきてしまう。

ウォノはおそらくこの中で一人だけ未来にいるメンバー。ショヌと剣道場にいたが、何らかの方法で時計を手に入れ、一人未来に向かう。しかし未来で黒服たちに時計を奪われてしまい、ショヌと再会することは不可能に。おそらくウォノのいる未来ではタイムワープは法律的には禁止されているようなので、ウォノやミニョクIMを追っていた黒服は未来人の可能性。

そしてそのタイムワープをする時計を作った張本人、ヒョンウォンはキヒョン、ミニョクに時計を渡す際、あらかじめ二人が戻る時間をセットしておいた可能性があります。しかし、キヒョンとミニョクはどちらも大切な友人と二人で現実の世界に戻って来ることはできませんでした。

また、キヒョンとミニョクがヒョンウォンによって仕組まれたタイムワープであったのに対して、ウォノがこの中で特別な理由はもう一つ、ウォノのみが自ら選択して未来にタイムワープしたということです。

全員がタイムワープする前の2017年現在にいるのはミニョク、キヒョン、ショヌ、おそらくウォノ、そしてヒョンウォン。キヒョンとジュホンの運命が入れ替わり、ミニョクが戻ってきた2017年´にいるのはミニョク、ジュホン、ショヌのようです。

また、冒頭の新聞見出し「タイムトラベラーが忽然と消える」のタイムトラベラーはウォノを指している可能性もあります。未来から帰ってこれなくなっているので。

 

これらの事実を無理矢理まとめようとすると、2017年にヒョンウォンによって時計が作られ、キヒョン、ミニョクの手に渡って二人は時間をさかのぼり、運命を変えようと試みる。ウォノは時計をどこかで手に入れ(ミニョクのバス停と剣道場が近いのでミニョクの時計を見つけて持って行った可能性もある)、未来に持ち出してしまう。未来ではタイムワープは禁止され、時計を持っていたウォノ、そして過去に時計を持ち出したミニョクが黒服に追われることに。

 

はじめ、時計はもしかして一つなのでは?とも考えましたが、最終的にキヒョンは時計を使ってさかのぼった時間の先で事故に遭っているのでおそらく時計は壊れているはず、ミニョクの時計も壊れ、ウォノの時計は奪われた(その奪った時計で過去にさかのぼってミニョクたちを追っているのかも)。結果、ヒョンウォンが持っていた時計一つしか残らなくなってしまったと考える方が自然かもしれません。

 

残っている疑問は、冒頭シーンのウォノはどこへタイムワープしたのか、そして2017年のウォノはなぜ未来へ行かなければならなかったのか、そしてキヒョンの過去にだけヒョンウォンが現れているのはなぜか、というところです。

これらを解き明かすのはまだ時間がかかりそうなので、これからの研究に期待することとして、私がここまでだらだら書いてきた分析がその足掛かりになれば幸いです(どこかで聞いたことのある逃げの台詞)。

 

以上で歴代級に画像も文章も多かった分析を終わりにしますが、これをきっかけにたくさんMVを見てください!!!1位をプレゼントしたい!!!!日本からできることはかなり限られていると思いますがMVの回転くらいはできるのでこれがもしビデオテープだったら擦り切れるくらい見ましょう!!!!!エンド!!!!!

 

 

MONSTA Xの振付が致命的(追記)

11月のカムバックも決まり、ショーケースのチケットもそろそろ販売開始されるみたいですねー!!
どっかのモンべべが
「お前らのこれまでの惨めな人生の中で最高に素晴らしい曲と出会う準備はできてるかー!!!」
とかツイートしてたので「お、おおーーーー!」と心の中で拳を上げてみましたが個人的にまだ振付問題が終わってないので追記します。


1.おそらくMONSTA Xの曲の中でクォン・ジェスンが振付したのは「無断侵入」のみ

どんだけ探してもクォン・ジェスンが振り付けた曲の目録の中にほかのモンエクの曲が出てきていないので、彼が振付したのは「無断侵入」だけ。他のモンエクの曲はDQという方がやってるらしいです(ドキュンの略字かと思った)。
MONSTA X 振付師」と韓国語で検索かけるとDQが出てくるのですでに何回もファンの間で話題にされた名前なんだろうと思います。
肯定的意見はほぼゼロに近く、「初放送の舞台なのになんでこんなに合わないんだろう」という意見が多くて頭を抱えた。
アストロさんとこも彼が振付らしい。
クォンであれDQであれ、あまりいい振付師と出会えてないのは変わらないのか…。


2.私はクォンの悪口が言いたいわけではなかった

こう言うと言い訳みたいに聞こえると思いますが、たぶんコンセプトと振付師が合ってなくて、メンバーのダンススタイルと振付師も合ってないから、特別悪く見えるだけ。振付師とメンバーのどちらかが悪いのではないし、振付が最悪と言いたいわけでもない。この振付がカバーしたいくらいかっこいいと思うならそれも見方の一つだと思うけど、一つの商品として売ろうとする時になんとなく調和がとれてない感じがして、一糸の乱れもない群舞が流行で、なんかかんやと「調和が大事」と言われてる韓国芸能界で生き残るためには一歩足りないと言いたいのです。メンバーとコンセプトと振付師が全部ぴたりと合ってたらそれ以上にいいことはないけど(プレディス方面をちらちら見ながら)、どれか一つでも合わせてやれよと思う日々。せめてメンバーのダンススタイルと合っていれば、動きにくそうにしてたりなかなかぴったりそろわなかったりってこともなくなると思うんですが…
メンバーのダンススタイルに振り付けが合っていると全体的に調和がとれて見えて、かつかっこよくなるはず(いちばんそれを感じたのはプデュ出演時のNU'ESTとそれまでの活動期間の彼らの振付を比べて見た時だったんですが、それはまた後で)

あと、クォンさん自体私はトレーナーとしてはめちゃくちゃ良いと思ってます。練習生の振り付けをチェックする段階で、一人で踊れるってやつ出て踊ってみろ、とやらせた時に一人手を挙げて振り付けた本人の前で踊ったソンウンを見て「今切実だろ?こいつは絶対にうまくいく」とデビューを予言したのは有名な話ですね。ほかにも等級が下になるほど自信をなくしてなおさら振付が覚えられない子たちに対しては「間違えてもいい」と最初からゆっくり見てあげたり、逆にやる気が出ない子に対してはケツに火をつけてあげたりと…練習生それぞれをきちんと個別に見てあげている印象が強かった。アイドルを目指す以上はダンスからは全員逃げられないので、ボーカル、ラップの先生より全体的によく見てあげていたんじゃないかな。



信じて聞くスターシップ印の音源にはおおいに期待していますが、振付が……韓国ってせっかく音楽番組がほぼ毎日あるんだから舞台で人に印象を残す機会はたくさんあるし、モンエクなんか一年のほとんどを放送局で過ごしてるのにそのチャンスを無駄にしないでほしい。
メンバーの歌もダンスの実力もだんだん上がってきてるし全員ビジュアル担当みたいな綺麗な顔してるのに、なんでこんなあと一歩なんだろう。外国で人気があっても、韓国国内で認知度がなかったら結局将来性がなくなってしまう。それから、あと一歩のグループを応援してるファンてなんでこんなに歯がゆいんでしょうね(笑)
一人が一生懸命MVを再生しても、ストリーミングしても、一人の力には限りがあるし、大きなファンダムを持つグループには敵わない。かっこいいのもおもしろいのも可愛いのも知ってるのに、それをもっと多くの人にわかってほしいのに、ファンが少なければ発信力も小さいし、影響力も大きくない。大きなファンダムを持ってるグループの中にはファンの中にすごい才能持ってる人がいたりとかして、イラスト描いてくれたり動画作ってくれたりするとそこから火がつくこともありますが…

今回Produce101からNU'ESTに人気の火がついたことについての書き込みで、「今まで彼らに見向きもしなかったくせに知名度が上がってからファンになって、事務所のマーケティングがどうのこうのと悪口を言うのはおかしい」とか「今まで彼らが鳴かず飛ばずだったのはファンが最善を尽くしてこなかったから」とかいう意見を見たのですが、新規ファンに対する悪口ならまだしも、昔から応援しているファンに対してよくもこんなことが言えるものだなと思いました。あと一歩を見守るファンも歯がゆい思いをしているし、それは数少ないファンだけでどうにかできるものじゃない。圧倒的に、「いいアルバムを準備したが、その後のマーケティングがよろしくなかった」という意見の方に一理あると思います.
今世界中に、「今まで見向きもしてこなかった自分を殴りたい」と思ってる新規ファンたくさんいますよ。あれだけサバイバルで苦労したのに、その苦労がきちんと報われてファンが増えたことに対して、「今まで見向きもしなかったくせに新規ファンが口出すな」と言ってくる意見はあまりにも…にゅいに対しても失礼じゃないかなと思います。


一刻も早くモンエクに一位とって、一位常連客になってほしい。ファンに対しても死ぬほど甘々だし、最近若いグループのヌナペンになるしかない女性にとっては久しぶりのオッパたちじゃないですか?うん?今見とかないとあとで売れた時に後悔するよ?

MONSTA Xの振付が致命的

MONSTA Xを追い始めたころからずっと思っていたことで、Twitterの160字?140字?なんかではおさまらないと思ったので記事にします。

 

アイドルにとって振付は命であり、メンバーがどれだけダンスの実力を持っていたとしても振付がそれを殺すことも生かすこともあるというのは周知の事実だと思う、けれど。MONSTA Xの振付がその意味で致命的だと私の中で有名です。

つまり、致命的にださいという意味で。

 

モンエクのコンセプトとか音楽的な強みとかが大好きなファンだからこそ、振付をなんとかしてほしいと思う。

高校~大学でかじったダンスと、音楽から振付、衣装、照明までの総合プロデュースの若干の経験、そしてアイドルを追いつつ肥したダンスを見る目でずっと気になり過ぎてて誰かに言いたくてたまらなかったことをぬるく書きます。

厳しい目で見ないでください(笑)

 

1.何がださいと思わせるのか

メンバーのダンスの実力は全然悪くない。むしろショヌさんとかヒョンウォンは正確そのものだし、力とエネルギーで持ってくタイプのジュホンもグループのコンセプト的にはよく合っている。キヒョンはメインで歌いながらもばりばり踊れるし、ウォノさんはセンターに来た時の迫力があるし自分のアピールも上手。

だから問題が振付そのものなんだということが浮き彫りになるわけで。

毎回振付を見るたびに思うのは「これが大学の学園祭だったらウケるだろうけどアイドルグループの熾烈な競争の中では一つも印象に残らない」ということ。

リズムの取り方が単調。曲のコンセプトを活かしきれていなくて、難しいことをやってるし最近の流行の振付も入ってるのに象徴的なポイントがないから「なぜそこで?」感がある。バックダンサーを使いきれていない。メンバーが位置移動のために曲中で全力疾走。振付に緩急がないのに位置移動のために余計なところで流れががつんがつんと止まって全体的に流れがない。

 

流行の振付が曲のコンセプトを殺した例


コンセプトはまあまあ活かせてるとして、サビの振付の既視感。最初のアイエムのソロパートからなんとなく最近流行のヒップホップテイスト的な振付が入るものの、もう少し器用なリズムの取り方はなかったんだろうか?サビの振付の既視感について何かに似ていると思ったら無断侵入だった。意味もなく過去の曲の振付を再利用するのはちょっとネタ切れ感がある。途中でジャケットを脱いでリレーして捨てていくとこは本当に好きだったんだけど、ダンスブレイクで全員正面を向いていておもしろくない。

(メンバーに悪口を言っているのではなく振付師に対してです)

最後終わってから、で、Beautifulってどんな曲だったんだろう?と思ってしまった…

 

これも流行の振付だけどリズムの取り方が単調な例


これぞ何をしているかわからない振付一位。めっちゃくちゃ難しいし疲れそうだけどジュホンとアイエムのパートで振付師が振付を放棄した感。テンポが速くてダンスブレイクのあの速さであの細かい振付に目を見張るけど、それ以上のものがない。終わったら見てるこっちもすごい疲れてる。ジュホンとアイエムのパートで全員がはけたりウォノさんにダンスブレイクの導入的な部分を任せて全員が休んだりするのは、この曲がいかに疲れるかを物語ってるような。頼むほんとに振付師変えてくれ。

 

バックダンサーを使えてない例

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これ、練習室バージョンにはバックダンサーがいないんですが、冒頭のヒョンウォンが飛び出てくる振付ができないだけで何にも変わりありません。バックダンサーもここで仕事してるんだから、これはバックダンサーがいなきゃ成り立たないくらいの振付にしてほしかった。人数増やすくらいの目的で使うならなぜ7人でデビューさせたんですか?って思ってしまうじゃないですか。練習室バージョンでも7人だけで十分迫力あったし、成り立ってたのにバックダンサーはなぜ必要だったのか。

これ以外でもRushとか無断侵入でもバックダンサーがいるけど、にぎやかしだけの役割しかないような気がして謎の存在。ちなみにRushの練習動画は撮っている人が鏡に映りこむという非常事態が起こってるのに上がっちゃってるという。事務所しっかりして。

 

バックダンサーが使えてる例

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どうせなら練習動画をどっかの体育館で撮影しなきゃいけないくらい大量にバックダンサーを使ってほしかった。バックダンサーが壁になったり武器になったり軍隊になったりして、「戦い」っていう曲のコンセプトを十分に助けて見る方に伝わりやすくしている。このバックダンサーたちはMVにも実際に出演。サビのステップに次ぐステップはこの人数でやって初めてド迫力だと思う。

 

バックダンサーの理想的な使い方

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 最近見た中で一番感動した振付。まず女王の騎士っていう曲のコンセプトがよく見える振付だし、隙がない。無駄な移動がなくて、そのパートを歌うメンバーが自然に目立てる構成。バックダンサーは敵役としても軍隊の役としても変幻自在だし、BTSのとは違ってたった4人なんだけど奥行きの出し方が上手い。バックダンサーとメンバーが2列になってその間をミンギが歩いてくる場面は鳥肌。MVの中の女王の前に騎士たちが整列するシーンを彷彿とさせてびりってきた。全然振付とは関係ないけどこれのミンギが超かっこいいので見て。黒髪の長髪って、映画に出てくる中世の騎士そのまんま。これはエクステつけて大正解。個人的にドンホさんが「僕は騎士になって」みたいな歌詞のところでセンターで深々礼をする振付に撃ち抜かれた。

 

モンエクの振りはShine Foreverでセンターパートじゃないメンバーがめちゃくちゃ走ってたり、どっかで見たような振付がまた出てきたり。Heroは途中途中で流れががつがつ止まる。

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大好きな曲だけどこんなんに流れが悪くてどうするの。振付に入る前に個々の位置で一瞬突っ立ってるアイドルなんか初めて見た。ここでこれしてここであれして、っていうのが全部見えて流れがない。これはきっと誰が踊ってもそうだと思う。人気アイドルになったのに、振付を真似する人が少ないのってもしかしてダンス自体にインパクトがないからなんでは。

 

 

2.諸悪の根源が見つかった

結構前からカムバックするたびに「?」「?」「…!?」の連続だったモンエクの振付。曲はかっこいいのに振り付けを見て残念な気持ちになってしまう。いったいだれが振付してんだ!!と怒り狂っていたら意外なところで見つけてしまった。

みなさん、Produce101season2は御覧になられただろうか。もちろん見てない人がほとんどだと思うが、私はどはまりしたのでデビューグループのWannaoneのファンクラブに入りました。ちなみにファンミニョン狂ペンです。NU’ESTに幸あれ!!

ここでダンストレーナーとして登場したのがクォン・ジェスンという振付師。アイドルの振付である意味有名な方で。番組内でもこの人が振り付けた曲が流れて、すごい人!プロ!的な感じで紹介されていたのだけど、ここにモンエクの無断侵入が入っていて、

 

お前か。

 

と思ったわけです。

アイドルの振付師として有名な方のようで、NAVERで調べてみると出てくる出てくる。悪口が。

 

クォン・ジェスン振付師が作った振付の曲目録を見たら…うん(汗
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全部私が微妙だと思ってた曲が多い…主にCUBEと仕事してたみたいだね

シーズン1の時もぺ・ユンジョンチームでたくさん振付してたけど

今回もクォン・ジェスンのチームが似たようにやるんだろうね?

でも全体的に微妙って感じ…

ここにモンエクとGOT7のFlyもあるみたい

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Beast Gotta go to work・YEY・Drive・Can't wait to love you、ジュホン・アイエム・ヒョンウォンIntersteller(No Mercy最終回)、BTOB Giddy Up・It's okay、C-Clown Justice、TEEN TOP Jealousy、チャン・ヒョンスン Ma First・The girl who wants to play・Break up with him、キム・ヒョンジュン Cross the line、至上励合 I want you、MONSTA X 無断侵入、ヒョリン Massage

 

GOT7のFlyはまだ全然ましな方かもしれない。モンエクの曲はInterstellerと無断侵入しかあがってないけど、最近に出た曲も同じように微妙だし、ポイントなし、やたら細かい、みたいな特徴を踏襲してるからもしかしたら振付師は変わってないのかも。

プデュで有名になってクォン・ジェスンがこれからもモンエクの振付をし続けるならモンエクの1位が遠のくだけ…カムバックしたら毎日毎日テレビで踊ることになるのに振付がどれだけ重要か(泣)SEVENTEENがあれだけ売れたのは振付が面白いからっていうのも一役かってると思うんだよな…振付師に頼らないで自分たちで振り付けてるから独創的だし……

以下、クォン・ジェスンのキャリアに寄せられたコメント


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1.ああ…そんなに有名なのはないね。モンエクの振付はHeroが一番よかったのに(だよね!)

2.うわ、全部わかんない

3.無断侵入曲好きだったのに

4.BTOB、くそ、クォン・ジェスンなんだな。5万ウォン以上受け取ったなら良心少しもないんだな、ほんとに(ここにも諸悪の根源を見つけた方が一名)

5.☛1Heroと今回の(時期的にBeautifulのことを言っているのかも)は良かったけど…フン…無断侵入若干雑だよね…

6.ほんと振り付け微妙

7.モンエクの無断侵入は曲がいいんでしょ、振付がそんなにいい方じゃない

 


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8.キャリアがほんとに微妙なんだね…

9.無断侵入リアルに振り付けおかしい

10.うわ、ポイントのない振付ばっか

11.モンエク無断侵入がそれでもこの中では一番いいね

12.あほんとに私が微妙だと思ってた振付が全部この人だったんだwwwwwwwwww

13.でも一体どうしてプデュ2に出ることになったんだ…ペユンジョンみたいにキャリアがすごいわけでもないのに…

 

ほんとに早く振付師を変えてくれ。今回こそと思うなら大金払ってでもトニーテスタとかにお願いして!!かっこいい振付踊ってる兄さんたちが見たいな!!

 

 

クォン・ジェスン、上の掲示板の主が予想した通り、実際にプデュ2でもオープニング曲をはじめとして多くの曲を振付したのだが、35人まで絞られた練習生が5グループに分かれてそれぞれのコンセプト曲で評価を受けるっていうステージの時に「この曲は振付が…」と思ってたやつ全部クォン・ジェスンでした。

PENTAGONのフイくんが作ったNEVER、Open Upに負けたのは振付だったと思うよ…ただNEVERはメンバーが最高だったので振付がそこまで悪い感じはなかった(最高傑作なんじゃないか説)。

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カメラアングルが変わらずに正面からまともに見てどうなのかはちょっとわからないけどさすが上位圏の練習生。リズムのとりかたとフォーメーションとポイントのなさがああやっぱりクォン・ジェスンって思うけどこれは曲が良かったのとミニョンさんをセンターにしたのが正解だったね!!(ミニョンさん狂ペン)

一方、ほぼ1位間違いなしだったNEVERを負かしたのがOpen Upだったわけですが。

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振り付けがどうしようもなくいい。ちゃんと歌詞に合わせて作ってあるし、パートを担当するメンバーが自然に出たり入ったりしてるのが見事。アイドルの振り付けってこうであるべき。コンセプトのセクシーさをステージで見せられる振付だし、見る方にいろいろ想像させる振付。ステージのセットも相まって大人っぽくてセクシーだった。

 

NEVERは韓国の音楽サイトだとOpen Upよりも成績がいいのにパフォーマンスで評価を受ける本番でOpen Upに負けた。

 

やっぱり振付師って超大事。

 

 

3.韓国でのモンエクの振付に対する意見

 

 

モンエクのダンスが全部平均以上だから振付が惜しいwww
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モンエクの振付が簡単で反復的で真似するのが簡単てわけではない

振り付けは踊る人が疲れるくらいで細かい動作がやたらと多い

でもその振付がどんな曲で踊っても全然おかしくないくらい振付に特色がないwww

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 モンエクの振付は集めたら曲の途中途中で何やってるかわからないようなふわふわした部分が多かったり最初から最後までハードに踊るだけだったり(Rush、Stuck)く…途中だけでしょ…そんなにめっちゃくちゃに踊れっていうんじゃないよ

 

まったくその通りだとしか言えない。無意味なバックダンサーとかひたすら歩き回ったり曲自体はいいのに大学の学園祭レベルの振付が曲の魅力を落としてる。確かにヒップホップって振付が難しい部類だし、モンエクの曲のテーマがまた抽象的だったりするからポイントを作りにくいのもあると思う。でもBTSは同じヒップホップグループでも振付がちょくちょく話題になるし、曲自体のコンセプトが振付によって判明したりってこともある。VIXXなんかはコンセプトに合わせて簡単な振付だとしてもポイントがちゃんと作ってあったり、小道具の使い方がうまかったりする。

モンエクの今回のX-CLANシリーズはコンセプトが一貫してなくて最後まで何が言いたいのかあんまりわからなかった。曲ひとつひとつは完成度が高いにしても、その並べ方というかプロモーションがなんか違う。

振り付けにしたって、別に難しいことをやってほしいわけじゃない。簡単でもいいから何を歌ってるのか、歌詞だけじゃなくてダンスでも表現してほしい。そのためにアイドルは踊るんだから。

もともと音源の強い事務所だけどただそれに甘んじるんじゃなくて振付、衣装、コンセプトを統一してストーリーテリングするなら多少馬鹿でもわかるようになんか手がかりをどこにでもいいから置いといてほしい。結局あの青い花はなんだったの?ってならないように。

スターシップ、頼んだよ!!!!!!!

女子ムダ毛ない問題

日本人ほどムダ毛を気にする民族を私は見たことがありません。

 

電車の中の広告もテレビ番組の合間に流れるコマーシャルも、YouTubeの動画の前に挟まれる広告も、Googleの広告も、最近はインスタグラムの広告も、脱毛サロンの広告多すぎ。

みんなそんなにムダ毛が嫌いか。

 

以前紹介でないと施術してもらえない脱毛サロンに体験に行ったことがある。友人と、担当のサロンの女性と、3人で小さなテーブルに座って体験の前に脱毛についての相談みたいのがあったのだが、どう考えてもお姉さんに脱毛しなければと思わされるようにできていた内容だった。詐欺なんじゃないかと思うくらい。勧誘なんだから当たり前だけど、その中で私の金銭感覚から美的感覚、人生観に至るまでかなりツッコミが入れられ、若干傷ついたし正直むかついた。私に生えてる毛にそんなに敵意表さないでよ、可哀相でしょ!とかまで思った。

 

内容的には、なぜ脱毛したいのかというところから始まったのだが、私はもうすぐサークルのダンスの公演があり、そこそこに露出する衣装もあったので毎日剃刀で剃るのも面倒だから脱毛した方が楽になるんじゃないかというのが理由だった。まずひと月にいくら払ってずっと通わなければいけない脱毛サロンというものに最初から乗り気ではなかったのだが、お姉さんは私を全力で説得しにかかってきた。個人的には見えてる部分だけ脱毛できればそれでいいと思っていたのだが、全身脱毛したいと思わせるように持っていく手口だったし、さらには「そもそもダンス公演のためだけの脱毛でいいのか?」という、私が別に求めてない領域にまで話がずれこんでいった。

「じゃあもし、○○ちゃん(最初に聞き出された私のニックネーム)にもし好きな人ができたとします」

要するに、「恋愛して彼氏に綺麗な体を見せるため」「全身脱毛がやっぱり必要」と思わせたいというわけだった。当時大学の勉強も忙しかったし留学準備もしたかったし公演はせまっているしで恋愛どころではなかった私にとって、お姉さんが「なんだこの呑気な女は」くらいにしか思えなかったので、引っかからなくて済んだのかもしれない。

 

さらに月額の話になると、「○○ちゃんは普段どんなことにお金使ってるのかな?」と聞かれ、当然のことながら私は趣味がアイドルなので正直にそう答えてみると(ここらへんでおもしろくなってきてしまった)、「じゃあコンサートとか行かずにCDも買わなかったらどれくらいお金が余ると思う?」ときたのでかちんときた。つまりアイドルなんぞに金を使わず将来できるかもしれない彼氏に綺麗な体を見せるために今ある趣味をやめて脱毛サロンに通えと言いたいのか。音楽やアイドルの方が今のところ彼氏つくってデートするより百倍は楽しいんだが。(サロンを紹介してくれた友人はインディーズバンドにドはまりして売れないバンドにかなり貢ぎこんでいたはずだけどそこらへんは突っ込まれなかったのだろうか)

 

最後にはついに、「これから○○ちゃんには三つの人生があります。」(ここで気味の悪いクマが三匹描かれる)

「一つは脱毛サロンに通って全身脱毛して、肌もつるつるになる人生です」(クマに謎のキラキラが描かれる)

「二つめは自分で処理して、お肌を傷つけてしまう人生です」(クマの体に傷が描かれる)

「そして三つめは処理をせずに毛がボーボーになる人生です」(クマの身体に毛と思われるピンピンがたくさん描かれる)

 

いや待て。いつ私がこれからムダ毛を処理しないと言った??

それから私の記憶が正しければクマはもともと全身毛におおわれた動物のはずなんだけど??????

 

それからかなりの時間をかけて私は丁重に勧誘を断った。今でもあのお姉さんの記憶の中で私は「見返りのないアイドルに金をつぎこんで毛がボーボーになる人生を選んだ子」として残っているのではないかと思う。

 

お姉さんに言われたことを思い出すと今でも腹が立ってくる時があるが、まず女の幸せは恋愛をすることだけではないし、お金の使い方や趣味の楽しみ方も人それぞれあっていいはずだ。それに私の人生の選択肢はムダ毛に支配されているわけではない。のこのこ軽い気持ちで「ムダ毛は人生の敵。撃退するべし」と思っている人しかいないような場所に突入していって勝手に傷ついて帰ってきた私が悪いのだが、問題はそういう人たちの価値観が至るところで垂れ流しにされているということだ。電車の中、グーグル、YouTube、テレビ、インスタグラム。本当に至るところで、ムダ毛のことなんかすっかり忘れている時に。

 

そもそもムダ毛は無駄ではないから生えている。眉毛も、まつ毛も目を守るために生えているように、腕や脚の毛だって皮膚を守るために生えているものだ。そんなに敵視する必要がどこにあるんだろうか?腋毛は嫌なのはわかる。胸にも腕の内側にも脇腹にも毛がないのに、いきなり脇の下にだけかなり長い腋毛が生えているのは気持ち悪い。それはわかる。でも腕や脚の毛は腋毛に比べたらだいぶ薄いし生えている範囲も広い。全身脱毛するとなったらそれなりにお金はかかるし時間もかかる。その手間を省くにはどうしたらいいか。気にしないことだ、と私は思う。

 

ムダ毛が汚いとかあるべきものではないという考え方がここまで支配的なのは日本だけのような気がする。台湾来たら女の子でも腕毛生えてるし、今まで旅行したり短期滞在したことあるカナダや韓国でもシェービングの広告はあれど脱毛の広告なんて一回も見たことがない。それに女の子のムダ毛だけ異常に嫌われるのもおかしい。汚いものと思って見るから汚い。私にとってみたら(価値観が随分人とずれてるのは自覚しているが)男にまったく毛がなくてつるつるだったら気持ち悪いのと同じように、女でもそこにあるべきものがまったくないという状態はちょっといただけない。

 

女子にもムダ毛はあっていいのだ。そこまで過敏になる必要はない。だって元からあるんだから。もちろん体毛が濃い人が気にするのもわかる。なぜなら私も体毛が濃いタイプだからだ。小さい頃それでからかわれたこともある。でも全剃りはない。毛を細くはしたいけれど完全になくしたいわけではない。これが私の今のムダ毛に対する思いだ。

 

最近はいろんな技術が進化して自分の体や顔を変えることも簡単にできてしまう。お金をつぎ込めば。でも自分にないものを求めようとするから辛くなるし、きりがない。世間的に美しいと言われてる基準から、外れているところを数えるから自分のことが嫌になる。肌が白くなくてもその人なりの肌の色の美しさがあるし、目が大きくなくたって綺麗な人はいくらでもいる。お金さえあれば、自分の体や顔を変えることなんて簡単にできてしまうが、いちばん難しいのは自分は何も変えなくても美しくてゴージャスだと自分を受け入れることだ。ムダ毛の話からだいぶずれてきたが、要するに私が言いたいのは、世間になんと言われようとこの世に命を受けて生まれてこられたあなたは綺麗だということだ。

 

恋愛をするにしても、私にムダ毛があるないで美しさを判断してくるような人はこっちから願い下げだ。そんな器の小さい人は好きにならないと思う。ムダ毛のない女が美しいと思っている人にからかわれたら自分の考えを正直に話すし、否定されても別にかまわない。ムダ毛についての意見がわかれるからといって人を嫌いになることはできないから。

 

最後に、美しい海や空を作った神様があなたを作ったのだから、あなたのすべては美しくて(ムダ毛も)、そして、あなたの目的や夢こそ、あなたを最も美しくするアクセサリーなのだと教えてくれる文章を見つけたので貼っておきます。私はキリスト教徒ではないけれど、先祖たちが必死に生き抜いた結果として、美しい海や空のある星に生まれて自分がこうして生きていると考えるとちょっと素敵じゃないですか?

 

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「オンニ」と呼ばなくていい理由

毎日天気が行ったり来たりしている台北です。四季が入れ代わり立ち代わりにやってきているみたいで風邪を引きそうな予感。  

 

留学生活も一ヶ月が経とうとしているところで、友人関係や生活環境にも慣れてきたところですが、私の中で結構大きなひっかかりだったのがルームメイトの韓国人の子と、彼女の周りの韓国人の友人たちとの関係です。

 

 

私はあなたをどう呼んだらいいの?名前?언니?姐姐?

 

ルームメイトの韓国人の子は私より2つ年上で、日本のアニメや歌で日本語を覚えたから日本語がそこそこできます。私は日本人で、韓国のドラマやポップカルチャーと大学の授業で習ったので韓国語がそこそこできます。私は彼女より2つ年下です。  

 

私達が話すときに使う言語は3つ。中国語、韓国語、日本語。うち、敬語があるのが韓国語と日本語。私は彼女より年下なので当然のように彼女に対して韓国語で話すときは敬語を使っていました。でも日本語で話すときはタメ口。

 

だから、彼女を呼ぶときに名前で呼び捨てにしていいのか、それとも別の「お姉さん」にあたる韓国語か中国語を使うべきなのか迷いがありました。仲がいいルームメイトなのに呼び方に困って結局一ヶ月近くも喋るだけ喋って呼べないまま。

 

一方で他の韓国人の友人は、私より年下なのがわかっている人にはタメ口、年上の人には敬語を使っていました。

 

そして今日、ついに敬語について話す機会があったので呼び方も含め敬語に対するお互いの意識みたいなものを話したのですが、そこで新しい事実が発覚しました。

 

外国人の使う敬語に対する意識が違う

 

日本には郷に入ったら郷に従えっていう言葉があります。だから私も韓国語で話すときは相手に失礼にならないように、年上の人には敬語を使って話すようにしていました。年下の友人にはタメ口を使っていたのですが、その子も私に対してタメ口を使うので、ずっと馬鹿にされているのか?と思っていました。

 

私が厳しく考えすぎなのかもしれませんが、目上の人、年上の人にはいくら仲が良くても敬語を使うのが当たり前だと思っています。相手の年齢がわからない時も最初からタメ口きくよりまず敬語で話した方が失礼になることはないと思うからです。それで向こうが年上だったら敬語で話せばいいし、タメ口でもいいよと言われたらタメ口にすればよい。

 

だから韓国語で話すときも同じだと思っていました。

 

なのに、「外国人なのに敬語を使うと韓国語が下手なんだと思う、外国人には敬語の概念がないものだってみんな思ってるからタメ口にした方が教科書言葉みたいじゃなくなって韓国語が上手いと思われる」と言われました。

 

だから私が敬語を使うのが不思議だ、そこそこ喋れるのに敬語を使うから教科書の上だけで勉強したみたいだ、と。

 

確かにはじめは敬語で学びましたが私が韓国語学習に使っているツールは教科書だけではないのですごくショックを受けました。

 

韓国語を学ぶということは韓国社会にある上下関係の概念も一緒に学ぶということだと思っていたので、韓国語を使うということは敬語もタメ口も韓国人と同じように使い分けるということだと思っていました。 

だからこそ敬語を使ってたし、だからこそ呼び方に困っていたのです。

 

呼び方について聞いたら、「そのまま名前でいいよ」と言われました。私達の寮に住んでいる韓国人の子たちはお互いの年齢に合わせてきちんと敬語とタメ口を使い分けてるのに、私はそうしなくていい。タメ口でいい。

 

その理由が、私が外国人だから。

例え私が、韓国語と同じく複雑な体系を持つ敬語のある日本語を母語としていて、礼儀や上下関係の概念を持っているとしても、外国人だから韓国語でそこまで敬語を使わなくてもいい。

 

仲良くしてほしい、距離を縮めてほしいという意味だとわかっているのですが、韓国語を勉強して、敬語も使いこなせるようになったし、ある程度韓国の上下関係について理解もしたのに、それでも外国人だからという理由で敬語は使わなくていいと言われると、私は韓国のコミュニティに完全に溶け込めるわけではないんだな、と思ってしまいました。

どんだけ韓国語が上手くなっても、おんに、おっぱ、と呼び合う関係の中には入れない。

だって外国人だから。

 

 

私は外国人であっても、日本語を学ぶなら敬語を勉強して日本社会の上下関係についても理解し、きちんと言葉を使いこなすべきだと思っています。そこまで含めて日本語教育だとも思います。日本人化しろと言いたいのではなく、外国人だという差別を受けずに日本人のコミュニティに参加するために敬語と上下関係は必要な知識だからです。敬語の概念が。もちろん敬語が上手に使えないからといって、勉強がなってないと思うことはありませんが、敬語が上手に使えたら使えたで、マイナスになるところなんて一つもないと思います。使えるならばんばん使えばいい。そのことに関して日本人はきっと「この人は一生懸命日本語を勉強したんだなぁ」と思うと思います。

 

韓国人の友人たちは私が外国人だから、年下でもタメ口で話しかけてくるし、逆に私が韓国語がそれほどできないと思われていたときには、年上の韓国人の子が私に敬語を使っていました。もしかしたら敬語しか理解できないかと思っていたらしいです。

こうしてそもそも外国人の使う敬語に対しての意識がお互いに違ったことで、このようなよくわからない事態が起こっていたのは理解しました。

 

ここが日本でもなく韓国でもない外国であるため、日本社会にも韓国社会にも溶け込む必要がないから「敬語なんか使わなくてもいい」と言われたのだろうと思いますが、国際寮の中にはやっぱりコミュニティがあって、大使館みたいに台湾にありながら宿舎の外とは違う「外国」が広がっているのではないかと感じていた私にとってはかなりショックでした。ある言葉を使って話す人間同士の間に、そこが外国であってもコミュニティが存在する。今でもこの考え方は間違ってはいないと思います。だから仲良くなりたくて相手方の言語に気を遣った。

 

私に「敬語なんか使わなくていい」と言う韓国人の友人たちも、相手の言語やコミュニティに気を遣いたくて「使えるのだから敬語を使った方がいい」と考えた私も、お互い悪いところなんて一つもないし、間違ってもいない。だから私は自分の考え方は変えないし、無理矢理相手に合わせることも必要ないと思っています。なんでもかんでも順応して理解しようとすることが国際交流だとは思っていませんが、それからは韓国語でもタメ口を使っています。その方が相手も楽だろうし私も日本語で話すときとの釣り合いが取れるから。

 

お互いの文化の差について話すのって大事だしおもしろいね!

 

 

 

 

九份に行ってきた

三月に入りました。

台湾はこの四連休ずっと雨と曇りでとても寒かったですが、連休明けの水曜日にいきなりからりと晴れて腹が立ちました。台湾のお店は連休中しっかりと休むのでご飯を食べようと外出するも、「えっ開いてない」みたいなこと続きで暇でしたが連休明けの水曜日は全休なのでここぞとばかりに有効活用してきました。

 

九份に行ってきた!!

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千と千尋の神隠しの世界みたいなレトロでごみごみした街。映画のモデルになったのではなく雰囲気がそっくりなだけで話題になったのですが、写真をよく見ると「湯婆婆の屋敷」とかちゃっかり書いてあります…(私も今拡大してみて知った)でも本当に映画の世界みたいな感じで

 

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鳥が丸焼きになってたりとか、特にちょうちんがついていない昼間の時間帯の「千尋が迷子になってそう感」はすごいです。ただ人が多い、ほんとに多い。日本人と韓国人が八割、ヨーロッパ勢が1割、あと地元の人1割。

 

九份は日本統治時代に金鉱として栄えた街だそうで、廃坑になるにつれて廃れていきましたが台湾の映画「非情都市」の舞台になったこと、そして「千と千尋の神隠し」の雰囲気にそっくりであることから再び観光地として日の目を見るように。観光客向けの商店街を抜けると地元の人が暮らす住宅街で、喧噪が遠のいていきます。

 

歩きながらどこかに似てるなあと思ったのですが、ちょっとさわがしいソウルの北村韓屋村みたい。韓屋村の方がもう少しひっそりとしてて人が少なめかもしれない。

 

まるで「千と千尋の神隠し」の世界に迷い込んだみたい!と話題になり台北からバスで一時間ほどで行ける九份は台湾旅行の定番コースになっているみたいですが、実際行ってみると食べ歩きとお土産買うこと、そして例の湯婆婆の屋敷の写真を撮ること以外にあまりにもやることがない、ということに気づきました。

 

私は友だちと午後1時に台北の忠孝復興駅で待ち合わせてそこから九份行きバスに乗って一時間くらいで九份に到着しました。

(忠孝復興駅は台北駅から青のライン板南線の南港展覧館行きで三つ目です)

バス乗り場は駅の二番出口を出て大きな横断歩道を渡ったところ。タクシーの運転手の客引きがすごいですがバスの方が安いです(片道95元くらい)。

 

私が30分待ち合わせに遅刻したので到着したのは午後3時くらい。まだ日も高かったので先にご飯を食べ

 

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卤肉饭(るーろうふぁん)安かった。40元くらい。

 

しかもこれを食べたお店に可愛い看板わんこがいてしばし癒されました…。人に慣れてて触ってもおとなしく触られている。

 

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若干ぶれてる(スマホを安価なシムフリーに変えたら画質と手ぶれ補正機能が最悪で驚いています)。

 

少しだけお店で休んでから改めて散策に出ましたが、観光客向けの市場は他の台北の夜市と同じ感じです。観光客向けの夜市は物価はそんなに安くないです。九份でも売っているものは他の夜市とそんなに変わらないうえに値段も同じくらい。旅行で来るんだったら買ってもいいけど貧乏学生にはすることがないという市場でした。

 

しかし、これだけは食べて帰った方がいいというものがあります。

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豆花というおしるこみたいなスイーツ?です。友だちは温かいの、私は冷たいのを頼んでみたのですが、温かいバージョンにどっさり氷を乗っけたのが「冰」でした。この時期は暖かいのがおすすめです…台北寒いです。

薄味なんですけどカラフルな甘い餅と真ん中に豆腐が入ってます。あと私は紅豆豆花を頼んだので小豆が入ってますが小豆も薄味。意外なことに台湾の甘い物ってめちゃくちゃ甘いのに薄味が多くて、そんな台湾スイーツに甘いのか薄いのかどっちだよ!と普段かなり怒ってますがこれはいけました。なんか安心する味。店員は怖かったけど。

 

豆花まで食べたら日暮れを待つだけでした。散策してみようと歩き回ったら山の頂上に小学校がありました。こんな観光客だらけの、こんなお店だらけの、こんな階段の上に、小学校。子どもたちは心穏やかに勉強できるのだろうか。しかもこの日は水曜日、二二八の平和記念日の連休明け平日のど真ん中なので、もちろん先生方の車が停めてありました。

 

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新北市健康促進学校経営「優等」。こんな階段毎日登って登校してたらそうだよね…。

垂れ幕の上の「103年」は「民国103年」の意味です。

 

そんな感じで日が暮れるのを待ち、日が暮れたら絶景ポイントまで行って写真を撮りました。満足しました。

 

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日暮れの時間になると観光客がこのポイントに詰めかけるのでどんなに頑張ってもだれかが映り込むし、どんなに頑張ってよけてもだれかの思い出に映り込んでしまう。そして右向いても左向いても日本人と韓国人ばっかり。こんなに日韓が融合している場所は九份の他に見たことがないです。

 

でも綺麗は綺麗。一見の価値ありです。正直もう一度自分から行きたい!とはならなそうだなと思いましたが友だちの付き合いでなら行くかもしれない。

私の理想の九份の旅行日程は、午前中は台北で観光して美味しいものを食べ、そのあと食後三十分はきっちり休んだ後、午後3時くらいに忠孝復興駅から九份に出発して、ちょうど日暮れ頃に着き、夜景と小吃を楽しんだらバスが激混みになる前に帰る、というものです。無駄なエネルギーと無駄な時間を一切使わず効率的に少ない旅行日程の中に九份をねじ込むことができると思います。ぜひ参考にしてください(笑)

 

ちなみに帰りのバスはかなり混みます。高速走るし座って乗れないお客さんは乗せないだろう、という考えは甘いです。バスの運転手さんに乗る前に「台北まで!」と言うと乗せてくれますが立ち乗りです。なぜなら高速に乗る前に地元のお客さんが降車して台北行きのお客さんだけが残るように計算されているからです。それまでは立ち乗り。しかももちろんつり革もつかむものも何もない。どこにも掴まれないまま九份の坂を下るスリリングな旅を楽しみました。

 

と、ボロクソ言いましたが悪いところではないです。

一回行ってみてください。時間が合えば九份を舞台にした映画「非情都市」も観ることができるし、美味しいものもたくさんあります。片道1時間のバスの中で見る景色も台北とは大違いで面白いし、地元の人の生活の様子をチラ見できるのも面白い。ハプニングや不便さを楽しむことができる余裕も忘れずに行くなら台湾旅行の必須コースです。